
医療AIの話題になると、「AIが医師を置き換えるのでは?」というイメージが先行しがちです。けれど、現場で現実的に価値を出しているAIは、多くの場合“代替”ではなく“支援”です。
診療は、患者さんの訴え、身体所見、検査、既往歴、生活背景など、情報が多層で、しかも例外だらけ。ここにAIを入れるなら、得意な領域と苦手な領域を切り分け、医療安全と説明責任を守りながら“相棒”として使うのが筋です。
この記事では、診療のどこでAIが役立つのか、そして何がまだ難しいのかを整理し、導入の考え方までまとめます。
まず前提:診療フローのどこをAIが支えるのか
AIの活躍ポイントを理解するには、診療を「流れ」で見るのが近道です。大まかには、以下のどこに介入するかで効果が変わります。
受付・問診:情報収集、症状の整理
診察:鑑別、検査の選択、判断の補助
検査・画像:読影、異常の候補提示
治療方針:選択肢の整理、禁忌の確認
記録・事務:カルテ、書類、会計・請求
フォローアップ:遠隔・在宅、再発・重症化予測
ここから先は、「役に立つAI」と「まだ難しいAI」を分けて見ていきます。
医療現場で“役に立つAI”①:書類・記録・事務を軽くするAI
医療AIの中でも、最も早く価値が出やすいのが記録・書類・事務負担の軽減です。理由はシンプルで、ここは「誤りのリスクを管理しやすい」うえ、「効果が数字で見えやすい」からです。
例えば、次のような支援が現場で現実的です。
音声入力→カルテ下書き:診察内容の要点を整理して文章化
サマリー生成:入院経過、外来経過の要約を作る
紹介状・退院サマリーのたたき台:構造化して抜け漏れを減らす
問い合わせ対応の自動化:予約、持ち物、受診導線の案内
ポイントは「AIが完成品を出す」のではなく、**“下書きを作って人が整える”**という設計です。医師・看護師・事務が“ゼロから作る時間”を減らし、確認と修正に集中できるだけで、現場の疲弊はかなり変わります。
医療現場で“役に立つAI”②:検査・画像の「見落とし防止」支援
画像診断や検査の領域では、AIが「診断そのもの」をするよりも、見落とし防止・優先度付けとして力を発揮しやすいです。
X線/CT/MRIで異常候補を提示して注意を促す
病理・皮膚・眼底など領域特化で補助する
緊急度の高い所見を先に回すなどトリアージに使う
ここでのAIの価値は、医師の能力を置き換えることではなく、忙しい現場で起きうる“ヒューマンエラー”を減らすことです。
ただしアラートが多すぎると「アラート疲れ」が起きるため、導入時は“感度を上げればよい”ではなく、ワークフローに合わせた調整が必須になります。
医療現場で“役に立つAI”③:臨床判断の周辺を支えるAI
診療の核心である「診断・治療決定」は難易度が高い一方で、その周辺にはAIが助けやすい領域が多くあります。
ガイドラインや論文から必要な箇所を探して要点をまとめる
鑑別診断の抜け漏れチェック(“次に何を考えるべきか”の提示)
薬剤相互作用・禁忌・用量の確認
重複検査や過剰検査を抑えるオーダー適正化
患者向け説明を平易な言葉に言い換える(理解度に合わせる)
医療は「情報量が多い」こと自体が負担です。AIが“検索・整理・要約”を担うことで、医師は患者さんの状況理解と意思決定に時間を使いやすくなります。
医療現場で“役に立つAI”④:予測・見守り・地域連携
もう一つ、価値が出やすいのが予測・見守り・連携です。これは診療の「一回きり」ではなく、患者さんの経過を通じて支える領域です。
重症化予測:急変リスク、敗血症などの早期兆候
再入院リスク:退院後フォローの優先度決定
転倒リスク:病棟の予防策を強化
在宅や遠隔でのモニタリング支援
多職種連携のための経過要約、タスク抽出
ただし予測系は、データが施設ごとに違ったり、患者層が変わったりすると性能が落ちやすいので、後述する「継続評価」が重要になります。
“まだ難しいAI”①:単独での確定診断・治療決定
AIが最も誤解されやすいのがここです。
診療には「検査結果」だけでなく、患者さんの話し方、表情、身体所見、生活背景、医療資源、家族の支援状況など、数値化しにくい情報が大量に入ります。さらに併存疾患も多い。
その結果、AIが単独で「確定診断」「治療方針」を決めるのは、現状では難しいケースが多いです。
一部の領域特化(例えば特定条件下の画像など)で成果は出せても、**総合診療のような“文脈統合”**は難易度が跳ね上がります。
“まだ難しいAI”②:例外だらけのリアルな運用判断
医療現場では、教科書どおりにいかない判断が日常です。
「この患者さんは今日は帰していいか」
「家で服薬管理できるか」
「介護力が弱いから入院継続が必要か」
「病床が逼迫している状況でどう優先順位をつけるか」
こうした判断は医学知識だけでは完結せず、社会背景・施設事情・資源制約まで絡みます。
AIは一般論は言えても、個別の運用判断を安全に最適化するのはまだ難しい領域です。
“まだ難しいAI”③:幻覚・説明責任・監査への弱さ
生成AIには、もっともらしい誤情報を作る“幻覚(ハルシネーション)”の問題があります。医療は、たった一つの誤りが重大事故につながりうるため、ここが非常に重い。
さらに医療現場では、
なぜそう判断したのか(根拠)
誰がいつ何を参照したのか(ログ)
監査・規制への対応
といった「説明責任」が欠かせません。
“答え”だけではなく、根拠提示と追跡可能性が弱いAIは、使い方が限定されます。
“まだ難しいAI”④:データ品質と偏りの問題
医療データは、そもそも綺麗ではありません。
電子カルテの記載ゆれ(略語、表現の違い)
欠損や入力ミス
施設ごとの運用差
少数派(希少疾患、特定属性)で性能が落ちる偏り
さらに、医療は日々変化します。新薬、新しい治療法、流行疾患、機器更新が起きると、学習時と現場がズレる「分布シフト」が起こりやすい。
AIは“最初に当てる”より、運用しながら崩れないように保つ方が大変だったりします。
境界線の話:「できる/できない」を分けるチェックポイント
では、導入時に何を基準に切り分ければいいのでしょうか。実務で役立つチェックポイントは次の4つです。
リスクの大きさ:間違えたときの影響は致命的か
入力が揃うか:データが標準化され、継続的に取れるか
根拠提示が必要か:説明責任・監査性が強く求められるか
人の介在を設計できるか:AI→人の確認→最終判断が可能か
この観点で見ると、最初の導入は「事務負担」「見落とし防止」「検索・要約」のように、比較的リスクを管理しやすい領域から始めるのが合理的です。
うまく使うコツ:医療AI導入の現実解
医療AIは、性能よりも“使いどころの設計”で成否が決まります。現実解としては次が効きます。
まずは“下書き”と“チェック”:自動決定を狙わない
ワークフローに組み込む:忙しい現場で自然に使える導線にする
責任分界を明確に:誰が最終判断するか、運用ルールを決める
継続評価を前提に:性能監視、改善、教育をセットにする
「AIを入れる」ことが目的になると失敗しがちで、目的はあくまで医療の質・安全性・効率・患者体験の改善です。
まとめ:AIが強い領域/弱い領域を理解すると診療が進む
医療AIは、現場の負担を減らし、見落としを防ぎ、情報の洪水を整理することで、診療を前に進められます。一方で、確定診断や治療決定、例外だらけの運用判断、説明責任が強く問われる場面では、まだ課題が多い。
だからこそ鍵は、「人が最終責任を持つ」前提で、AIに適した仕事を任せること。
AIを“医師の代わり”と見るより、“診療の相棒”として設計するほうが、医療現場にとって現実的で、長く役立つDXにつながります。